西郷どん(せごどん)錦戸亮(西郷従道)はいつから出演?

ドラマ西郷どん(せごどん)で、西郷従道役の錦戸亮さんはいつ出るの?という疑問にお答えします。

西郷家の三男で、西郷どんの弟・西郷従道ですが、NHK西郷どんの公式サイトの登場人物で紹介されているにもかかわらず、錦戸亮さんが全然でてきません。

正確に言うともう既に錦戸亮さんは出ていますが・・

信吾(従道)役の錦戸亮さんがなぜ出てこないのか?どこに出てくるのか?を西郷従道の活躍した話とともに紹介します。

西郷どん(せごどん)錦戸亮(従道)がいつ出る?もう出てる?

西郷信吾(のちに従道)は西郷家の三男ですが、ドラマでは西郷どんの兄弟が、西郷どんの周りで生き生き動いていますが、従道役の錦戸亮さんが見れずヤキモキしてる方もいるようです。

錦戸亮さんは関ジャニ∞のメンバーで、ジャニーズファンの方がよほど気になるのでしょう。

ヤフー知恵袋の質問に、錦戸亮さんいつ出る?の類のものが2ページにわたり書き込まれてました。

実は、1話の冒頭シーンで上野の銅像の除幕式で、糸(=黒木華)とともに錦戸さんが出演されていましたね。

それ以降、一切出演が無く、その為、新聞などで「西郷どん(せごどん)」のキャストをチェックする日々を送ってるファンの方もいるほどです。

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錦戸亮が出ない原因は信吾(従道)と年の差か

1843年生まれの西郷信吾(従道)は、西郷どんとは15,6歳も年が離れていています。

西郷家、長男の吉之助と次男の吉二郎のキャストの子役は一話だけで、二話からはしっかり鈴木亮平さん、渡部豪太さんが出演してます。

一方、三男の西郷信吾(従道)は、一話ではまだ生まれていません。

2話で西郷どん18歳の時に、初めて従道の幼年期の西郷竜助(のちの信吾)が子役:斉藤汰鷹くんにより登場しました。

3話では3男の竜助(信吾)がお腹を下して熱を出すも、薬を買う金が無くやむを得ず父・吉兵衛(=風間杜夫)と吉之助が借金に奔走します。

4話では竜助から信吾となり少年期(子役:佐藤和太)に変わります。

斉彬公(=渡辺謙)が藩主になって薩摩に凱旋して町を通る所で、大人は手をついて頭を伏せているのに・・・・

信吾の「こいが新しかお殿様か?きらっきらしかなあ!」

という子供らしい素朴な感想で西郷家の大人をヒヤヒヤさせますが、

斉彬の「子供は国の宝じゃ」という名セリフを引き出す重要な役どころでした。

青年期の従道を早く見たいですが、従道が育つまでに西郷どん(せごどん)のいろんなエピソードがある為、錦戸亮さんが中々出てこないんですね。

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西郷どん(せごどん)錦戸亮が初出演する回を独自予想

錦戸亮さんがいつ出演するか、今後の西郷どん(せごどん)での、信吾(従道)の登場シーンを挙げて独自に予想して考えてみましょう。

①錦戸亮が初出演する回を予想:13回(4月1日)?

篤姫(=北川景子)の輿入れ翌年の1857年に斉彬の薩摩入りに吉之助も同行します。

そして下加治屋町の西郷家に戻って来た吉之助は、弟妹らや郷中仲間と久しぶりの対面をしますので、ここで信吾は登場するはずです。

この時の吉之助は29歳で、信吾は14歳です。

信吾は先輩?茶坊主である有村俊斎(=高橋光臣)の勧めで、斉彬公の茶坊主の任を受けます。

じゃっどん!茶坊主:錦戸亮をぜひ見てみたい所ですが、この回に茶坊主としての出演があるかはかなり微妙ですし、14歳でしたら錦戸さんの歳を考えるとぎりぎり?

子役の佐藤和太くんは、中々の体格なので14歳だと佐藤和太くんの方が自然のような気もします。

うーん、行けなくもないですが、いくら何でも少し無理な気がしますね、ここで錦戸亮さん出演の可能性は0ではありませんが、まだ低いと思われます。

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②錦戸亮が初出演する回を予想:第17回(4月29日)?

翌1858年、突然の斉彬の死により、吉之助はショックを受けますが月照(=尾上菊之助)に慰められ、その後、井伊直弼(=佐野史郎)の安政の大獄による弾圧を逃れる為に吉之助は月照と薩摩に逃げ帰ります。

この時に西郷家のシーンがあるので、3男の信吾(従道)も出るはずですが、それほど長いシーンではないことと、たった1年で佐藤和太くんから錦戸亮さんに変わったら、不自然でおかしいですよね。

この時1858年、吉之助30歳、信吾15歳ですが、吉之助らの話が中心なので錦戸亮さんの出演は可能性がまだ低いでしょうか?

錦戸亮が初出演する回を予想③?回

原作では吉之助と月照が入水後、一人だけ助かった吉之助は奄美大島に漂着します。

吉之助の島流しの数年の間に、西郷従道は精忠組に加入し尊王攘夷運動に参加し、過激なグループ(急進派)に加わり京に上ります。

関白や京都所司代を襲撃しようと過激な企みをする急進派には有馬新七(=増田修一朗)と西郷従道もいました。

それを抑え込もうとする島津久光(=青木崇高)の使いの大山格之助(=北村有起哉)ら藩士たちと急進派が激突する「寺田屋事件」で、有馬新七は命を落とし、西郷従道は薩摩に帰され謹慎処分となります。

錦戸亮さんの初出演は、この寺田屋事件の1862年(従道19歳)の前後が濃厚かと思われますが、西郷どん(せごどん)の脚本がまだ発表されていないので、何回になるか未定です。

西郷従道の詳細がわかり次第また更新する予定です。

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その後の西郷従道の活躍ぶりがすごい

原作では寺田屋事件で従道は粛清され、謹慎処分になりますが、薩英戦争が起始まると謹慎が解かれます。

最終的に沖永良部島に島流しされた兄・吉之助を迎える使者として、吉井友実(ともざね)と従道は沖永良部島に行きます。

新政府の時代になり、従道は山縣有朋とともに渡欧して軍制を調査し、その後、昇進をして陸軍少将となります。

一方、政府の考え方と合わなかった兄・隆盛(吉之助)は鹿児島に帰ります。

隆盛の帰郷に薩摩藩出身の多くの役人がついて行きましたが、従道は、そのまま政府にとどまりました。

それは隆盛が従道を東京にとどめたという説があります。

そして、西南戦争が起こりますが、兄の隆盛らを応援せずに、東京で政府の留守を守っていました。

戦争の後、従道は次々階級を上げ、大久保利通暗殺の事件後に、陸軍卿になります。

1885年に伊藤博文らとともに天津条約を結ぶ為に清国に渡ります。

海軍大臣に任命され、その時のエピソードで事務は部下に任せ、失敗の責任は自分がとる、懐の深い人物だったと言われています。

その後、内務大臣在職中に大津事件が起こります。

普段はゆったりとした人物だと言われていますが、この時の対応は強引で、犯人の津田三蔵の死刑にする為、大審院長に怒鳴りつけ圧力をかけました。

これは、この事件がロシア帝国の外交問題で、津田を死刑にしなければ、まだ脆弱な日本が危機的な状況に陥る事を心配した為に起こした行動だと言われています。

1894年に海軍大将に任命されました、日本の歴史で唯一、陸軍と海軍の将官と閣僚を経験したのは従道だけです。

内閣総理大臣候補に何度も推されますが、兄・隆盛の起こした戦争の事を理由に断りました。

1902年に目黒の自邸で胃がんの為この世を去ります。享年60(満59歳没)

錦戸亮さんが実際のドラマでどのように活躍するか楽しみですね。

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まとめ

錦戸亮さんは大河ドラマに出る事が夢で、「西郷どん(せごどん)」の出演決定した時はとても喜んだそうです。

ドラマや舞台を多数こなしていて、現在放映中の「羊の木」でも演技力の評価は高く、「西郷どん(せごどん)」の演技がとても楽しみです。

前半のエピソードでは従道が若すぎてストーリーにも関わらないですが、日本が動乱の時代になり盛り上がる後半に活躍の機会が多そうですね。

従道には勇ましい史実が多いですね、西瓜売りを装った決死隊に志願、戊辰戦争では、鳥羽伏見の戦いで重傷を負いながら各地で戦いました。

他にも、ある議会である閣僚の椅子を引くイタズラをしたり、「成程、成程」と人の話を聞いていたので成程大臣と渾名を受けた事があります。

また、日本人で最初の馬主で、自ら騎乗し日本人馬主で初めての勝利を挙げています。

ドラマではどのような設定になるかまだわかりませんが、史実よりもドラマチックに描かれる事は間違いなく、錦戸さんの演技を見るのが待ち遠しくて仕方ありません。

まだまだあります、気になる西郷どん情報更新中!




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